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わたしのしてん。            (c)音泉ニットキャップ。
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大原麗子さんの通院にレポーター、そして母親90歳の‥。

今、ちょっと食事するのに、TVをつけたら
前田忠明さんが話していたのを聞いて
また、泣いてしまった。

昨年、麗子さんが骨折した時に自宅前の
インターフォンで話をした時のことや
少しの間、通院介助をしていたお話など‥。

前忠さんと、同世代くらいなのかな。

大女優が、一人で家にいて90のお母さんが
麗子さんの骨折など心配から心労で倒れて
起きれない状態の中、自分が難病でなければと
心が破裂しそうな時の取材だったんですね、多分。

あの気丈な麗子さんが、インターフォン越しに泣いていて
お母さんが心労で倒れたことと、自分も体を起こしてると
辛く、また横になっても、大きく深呼吸していないと辛い状態らしかった。

泣きながら、まるで小さな女の子のように
「私のことを全部知っているのはお母さん、
 お母さんが命なんです。命の恩人なんです」と
訴え続けていたその身上と想いが、自分とかぶってきて
こみ上げてきてしまった。

90歳まで、娘の華やかな人生を共に喜び
そして、彼女の晩年を支えてきたお母さん。

そのお母さんの介護問題で、誰が面倒を見る?と
家族でもめたんだそうなので、弟さんがまめに
連絡をしてなかったのは、それもあったのかもしれないです。
介護は、麗子さんが「じゃあ私がやるから!」と
お母さんの介護を、今年の2月位までしてたそうな。
そして、施設に入った方が、十分なことをしてあげられるということで
その後、一人きりになったそう‥。

弟さんや兄弟が何人いるか分からないけれど
今度は、麗子さんの財産で、もめるんだろうな。
美味しいとこ取りで、思いやりはどこ?

親族よりも、近くの他人って人が多くなってるのも判る。
なんとも醜さ丸出しとか、ホッタラカシにされて
困っていても「元気?」という電話1つもない状態。

前忠さんは、麗子さんと病院で待ち合わせて
麗子さんが病院まで、タクシーで到着すると
乗り場から、診察する場所まで歩けないから
おんぶして連れていったそうです。
それが、何度かあったそうです。

薬をもらいに行って、また病院内からタクシーまで
おんぶをして、そこから一緒に食事に行く。
麗子さんは、それが楽しみだったみたい。
食べずに喋って、女優復帰を何度も誓ったそう。
食べずに痩せてゆくばかり。

それが、いつからその送り迎えがなくなったのかな?

迷惑かけているんだ、悪い‥。って
思うようになって、自分で行くようになったのかな。
3月までは連絡取ってたみたいなんだけど。
それが続いていたら、早いうちに何か対応が出来て
例えば、専門の施設でお母さんと一緒に過ごせるようにとか。

引き離された状態で、寂しかったと思う。
その気持ちはとても理解できる‥。
施設には、出かけられてたのかな。
人目があるから、行けなかったかな。

るりこさんとは、電話でよく話してたようで
最近は、連絡してなかったのかしら。

郵便物は、局留めで私書箱にしていて
体調がいい時に取りに行ってたそうな。

1ヶ月くらい前は、近くのコンビニに水を
2L3本ほど手に持って歩いてたそう。

この様子を見ると、家に人が来るのを
避けていたようなので、起きてられない麗子さんが
どんな生活をしていたか、他人であっても
心配になってしまう状態だったと感じてしまう。

自分がおっくうがった大切な母親の介護を
難病で不自由な姉が引き受けてくれたのだから、とつい
弟さんは、お姉さんの手伝いなど出来なかったのかな。
弟さんの奥さんや子供さんは?とつい。
お母さんの施設には顔を出してくれてるのかしら?とつい。
すべておっくうしてた所を楽になったけれど
これから大変ですよ、共に助け合っていたら
お姉さんは、生きていたかもしれないのに、とつい。
今更いってみても仕方がないことですが。
おっくうがっても命が消えて、目の前からいなくなると
家族の存在の大きさに飲み込まれることでしょう。

夫婦もそうだけど、絆の深い場合
片方が先にゆかれた時、心労で弱って
立て続けに失ってしまうことがある。
家族のアフターケアは大事です。一人にさせないこと。

前忠さんが、あの時に取材に行ってくれてよかった。
食事をしたり、対話をしたり、取り戻せそうだったんだろうな。
病院に行けば、後の楽しみがある‥なんて少女のよう。

麗子さんだけでなく、人間にはこういう時間は必要。
生きる気力、人からもらうエネルギー、楽しいと思う時間。
これらも、人間としての栄養なんです。
介護疲れの人たちのケアは、考えられてるのかな。
ゆっこちゃんだけではない事件がまだまだ多い。

番組のそこコーナーの間、麗子さんが自分で
「気に入っているの」と
前忠さんに手渡した写真が映されていた。
乗馬をしてる時の写真でしょうか、30代の頃かな。
姿勢よくて、りんとしてる麗子さん。
自分の過去にもはげまされていたんだろう。

生まれ変わっても女優で。
私は生まれ変わったら動物かもしれないけど。


(c)isono


Excite エキサイト : 芸能ニュース
2009年8月7日 06時01分 ( 2009年8月7日 06時42分更新 )
大原麗子さん孤独死…死後2週間以上
1988年NHK大河ドラマ「春日局」に出演した大原さん
 映画「おはん」やNHK大河ドラマ「春日局」に主演した女優の大原麗子(おおはら・れいこ)さんが死去したことが6日、明らかになった。62歳。東京都出身。数日前から連絡が取れなくなった弟が、心配になり警察に連絡。警察官が自宅を訪ねたところ、2階寝室で仰向けに倒れている大原さんを発見。事件性はなく、死後2週間以上が経過していたという。1999年に手足に力が入らなくなる「ギラン・バレー症候群」を発症。以後はほとんど芸能活動を行っておらず、孤独な最期だった。
 映画「おはん」(84年)の芸者、NHK大河ドラマの「春日局」(89年)の乳母――数々の名作に出演し、タレント好感度ランクで14回も1位に輝いた女優の最期は孤独なものだった。

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by iso_noon_sen | 2009-08-07 10:13 | 芸泉
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